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はじめまして 中室牧子です

略歴:

1998年慶應義塾大学卒業後,Columbia University, School of International and Public Affairsで修士課程を修了(2005年,MPA),Columbia University, Graduate School of Arts and Scienceで博士課程を修了(2010年,Ph.D.)

日本銀行では,調査統計局や金融市場局において実体経済や国際金融の調査・分析に携わった経験をもつほか,世界銀行では,欧州・中央アジア局において労働市場や教育についての経済分析を担当しました.詳しくはこちらをご覧ください。

中室牧子
中室牧子

メッセージ

※本稿はKeio SFC Review No.52の「ようこそ新任教授」の記事を中室本人が加筆・修正したものです。

中室牧子SFCのみなさん、こんにちは。中室牧子です。

今日は私自身がSFCに着任するまでに何をやっていたか、これから何をやりたいと思っているかをお話ししたいと思います。


SFCでの学生時代

私はSFCの出身で、1998年に環境情報学部を卒業しました。SFCの5期生で、現在もSFCにいらっしゃる竹中平蔵先生の研究会の5期生です。竹中研は本当にユニークな場所でした。卒業後15年がたち、竹中研の卒業生たちの活躍を目の当たりにすると、私は自分が本当につまらない人間に思えます。皆さんもよくご存じの4期生の井庭先生は竹中研のOBのお一人ですし、GREEのCFOの青柳さん、News Picks編集長の佐々木さん、Mother House社長の山口さん、副社長の山崎さんはいずれも竹中研のOB/OGで私も親しくお付き合いをさせていただいている友人です。竹中先生は、いつも「竹中研の主役は皆さんだから」とおっしゃっていました。私は自分が学生だったときは、竹中研の主役はやはり竹中先生だろうと思っていましたが、自分がSFCで教鞭をとるようになって、だんだん竹中先生のおっしゃっていることがわかるようになってきました。今の中室研の主役は間違いなく私ではないからです。私は、自分が主役であることの自意識を持っている人に研究会に参加していただきたいと思っています。他学の創設者で恐縮ですが、明治六大教育家の一人であった新島襄が「我が校の門をくぐりたるものは、政治家になるもよし、宗教家になるもよし、実業家になるもよし、教育家になるもよし、文学家になるもよし、且つ少々角あるも可、気骨あるも可。ただかの優柔不断にして安逸を貪り、苟も姑息の計を為すが如き軟骨漢には決してならぬこと、これ予の切に望み、ひとえに希うところである」と言っています。私のような若輩者がこの言葉を借りるのは僭越であることは十分承知の上ですが、私は、研究会で私と志を同じくし、しかし自分の道を切り開き、それを堂々と歩いていこうとする若者とともに学びたいと思っています。

日本銀行、コロンビア大の修士課程を経て、世界銀行でのインターンを経験

コロンビア大学院でともに過ごした友人Katia Herrea Sosaと 彼女の結婚式でメキシコシティに行きました。彼女のドレスは 私が結婚し来た時に来ていたものをリメイクしたものコロンビア大学院でともに過ごした友人Katia Herrea Sosaと 彼女の結婚式でメキシコシティに行きました。彼女のドレスは 私が結婚し来た時に来ていたものをリメイクしたもの私は、環境情報学部を卒業後、1998年から2003年まで5年間日本銀行でお世話になりました。いわゆる総合職で、調査統計局で景気分析の仕事を、金融市場局で国際金融市場分析の仕事を担当しました。在勤中は、一貫してエコノミストまたはアナリストの仕事をしてきたことになります。日本銀行を退職したあと、コロンビア大学国際公共大学院の修士課程に入りました。そこは経済官庁のミッドキャリアの人を育てるプログラムで、経済学を学びました。ここで直接指導を受けた教員の中には、元世銀のエコノミストだったイースタリー教授(「エコノミスト 南の貧困と闘う」や「傲慢な援助」の著者)やノーベル経済学賞を受賞したマンデル教授などがおられました。さらに、私ののちの指導教授になる教育経済学の専門家、リベラ・バティス教授もです。



修士課程の終わりにワシントンの世界銀行の本部のインターンシップに参加しました。しかし、数か月後にはコンサルタントに転じ、欧州中央アジア局という部署のチーフエコノミストオフィスで労働市場や教育の経済分析に携わるようになりました。当時、欧州中央アジア局の副総裁は勝茂雄氏で日本人が国際社会で活躍するのを目の当たりにし、ひどく感激すると同時に、アリ・マンサー氏ら(現在モーリシャスの財務省長官)非常に優れたエコノミストらと共に働く機会を得、充実した日々を送りました。

博士課程へ

世銀でインターン時代世銀でインターン時代その後、上述の上司らの勧めもあって、コロンビア大学の博士課程に戻ることにしました。これまでマクロ経済学では、教育を通じた知識や技術の蓄積は経済成長の源であるということが理論的・実証的に明らかにされていましたが、欧州中央アジア局が管轄するいくつかの国において、教育投資が必ずしも持続可能な発展に繋がっていないという現実をみたことが博士課程に進学することになったきっかけです。私が所属していた欧州中央アジア局が管轄する国のほとんどは、中所得の国々です。中所得国は、医療・教育・環境問題の改善を通じて、国民の生活水準を上昇させるだけでなく、生活の「質」を上昇させることに強い関心を持っています。このため、同地域では、教育や医療に対する援助額が大きくなる傾向があります。しかし、特に教育を取り上げてみると、同地域では、教育セクターに対する多額の投資ににもかかわらず、学力や労働者の生産性は上昇するどころか、低下するときすらありました。こうした中で、開発援助機関が行う教育投資は、効果的に行われていないという批判がなされ、援助する側は、「援助」の効果を計測するということに非常にセンシティブになるようになりました。開発援助機関の資金の源は、先進国から出資された政府開発援助(ODA)です。先進国側からすれば、自分たちが出資したお金をもっと効果的に使ってほしい、無駄遣いしないでほしいというのは当然の要請だと思います。現在では、明確なエビデンスに基づく投資や政策が行われるべきだという考え方が主流になっています。しかし、教育の何にどのくらいお金をかければ、どのくらい学力や生産性の向上につなげることができるのか、を明らかにすることは非常に難しいことです。私は、そうしたことを整理し直すためにも、コロンビアに戻ることを決意しました。

コロンビアで日本語を教えた大学生たちとコロンビアで日本語を教えた大学生たちとコロンビアでは前出のリベラ・バティス教授に師事しました。彼の専門は教育経済学といって、アメリカではよく知られているものの、日本ではほとんど知られていません。一言でいってしまうと、教育を経済学的に分析するという応用経済学の一分野です。しかし、日本ではあまりに知名度が低いので、時々、「労働経済学の専門家が片手間にやっている」と揶揄されることがあるくらいです。確かに労働経済学と類似点の多い分野ではありますが、教育経済学の専門教育を受けてきた私からすると、労働経済学と教育経済学は異なっている点もかなりあります。コロンビアでは、同教授の指導の下で、「頭脳獲得(Brain Gain)」と呼ばれる現象と開発途上国における人的資本の蓄積に関する研究を行いました。ようするに、高学歴の移民が先進国に移住したあと、母国に残された家族に対してまとまったお金を送金し、母国の家族はそれを医療や教育のために使う―そのことが母国の人的資本の蓄積を促し、家計の所得上昇につながっているというメカニズムを理論的・実証的に明らかにしたものです。コースワークには非常に苦戦を強いられながらも、何とか4年で博士課程を終え、世銀から奨学金をもらっていたこともあって、博士号を取ったあとは、元の仕事に戻ることも考えましたが、最終的には日本に帰国することを決めました。博士課程のときに、ティーチングアシスタント(TA)としてコロンビア大学の学生に日本語を教える機会があったのですが、その際、人にものを教えることが私の考えていた以上に難しく、また同時に楽しいことを思い知りました。自分が教育に携わって初めて、人が人を育てるという教育の本当の意味をおぼろげながら理解できたような気がし、教育の現場における実感をもたずに、教育の経済学を突き詰めていくことは難しいということもわかってきました。

コロンビアの卒業式でコロンビアの卒業式で同時に、日本でほとんど知名度のない教育経済学の専門家として、教育経済学の認知度を高め、政策決定の場でその知識を生かしていきたいという野望が芽生えたのもこのころです。日本で大学教員の仕事を探していたら、幸い、東北大学文学研究科のグローバルCOEで学際的な社会科学研究を行うということで、採用していただくことができました。行動科学を専門とする東北大の佐藤嘉倫教授をはじめ、優秀な研究者に多く出会うことができました。佐藤先生は、日本の社会科学を国際的な水準にすることに情熱をもって取り組んでおられ、佐藤先生の研究者としての、GCOEという組織のリーダーとしてのあり方を身近で垣間見たことは本当に貴重な経験であったと思っています。

東北大での経験

東北東北また2010年10月に着任した東北大ですが、半年もたたないうちにあの東日本震災がおこりました。私は幸い出張で東京にいたため被災しませんでしたが、TVから流れる悲惨な映像をみて、東北大の皆がどうしているか心配で夜も眠れない日が続きました。震災後2週間ほどで仙台に戻り、再び勤務を始めました。東北大は沿岸部からは距離があり、大きな人的被害はありませんでしたが、その後の3年間は震災に関する研究も少なからず手がけ、地元の学校関係者や教育支援を行うNPOの方ともお話する機会が増えました。自分に何ができるわけではありませんが、震災当時仙台にいたものとして、被災地の復興は私の悲願です。

東北大での勤務は楽しいものでしたが、GCOEは2013年度3月をもって終了となることがわかっていたため、他大学への移ることを考え始めました。その時に、改めて自分がやりたいことを考えてみると、次のような条件が満たされるところがいいと考えました。一つ目は、政策の効果の測定が重要だという私の問題意識を受け入れてくれるところであること。二つ目は、他分野の人たちと一緒に共同研究ができる環境であること。教育経済学は、教育を経済学的な理論と手法によって分析する学問ですが、「教育」という対象を経済学的なものの見方だけで分析するというのは土台不可能な話です。社会学、心理学、経営学など様々な分野の研究者と共同して、教育を捉えたいと考えました。三つ目は、東北大学にいるときには、教育よりも研究に占める時間が圧倒的に多かったので、学生の教育に積極的に関わりたいということがありました。このように考えていくと、私には、SFCが自分を呼んでいるようにも思え、SFCの採用試験を受け、無事に採用していただくことが決まりました。

SFCでやりたいこと

被災地のようす東北SFCでは、政策効果の測定に関する研究を行っていきたいと考えています。従来、経済学において教育や医療の効果測定を行う際に最もよく用いられた手法は回帰分析という手法です。これは、みなさんもよく利用するようなSPSSやE-Viewsといったソフトウェアを使って、ある変数と別の変数の関係性を特定する方法です。ただ、この方法は「教育」を分析対象にする場合、大きな問題点があります。たとえば、ある国の政府が、奨学金を給付することによって、子どもの学力を向上させたいと考えたと仮定しましょう。政府は、奨学金が子どもの学力に与える影響を知りたい。もし、奨学金に子どもの学力を上昇させる効果があるのであれば、もっと予算を増加させる根拠となるでしょう。このようなケースにおいて、通常、回帰分析に用いるようなデータには、奨学金に応募して、奨学金を得た人の情報しか含まれていないことがほとんどです。奨学金に応募したが得られなかった人、あるいは奨学金に興味もなく応募すらしなかった人の情報はあまり手に入りません。だから、奨学金を得た人の情報だけを分析すると、学力の上昇が見られることが多い。しかし、こういった手法では、学力の上昇が、奨学金によってもたらされたのか、奨学金を得たような人たちがもともと優秀で学習意欲が高かったのか、を定量的に識別できないという問題が生じます。

通常の観察データでセレクションによるバイアスとセレクションバイアスを避けるためのランダム化比較試験

しかし、最近、回帰分析に代わる新しい手法が登場しています。それはランダム化比較試験(Randomized Control Trial)という方法です。先ほどの奨学金の例でみてみましょう。これはどういうものなのかというと、まず、奨学金の対象となる人々をランダムに(抽選などで)二つのグループに分けます。一方のグループには本人の意思にかかわらず奨学金が給付されますが、もう一方のグループには奨学金は給付されません。奨学金給付の事前と事後で、両方のグループに学力テストを行い、その変化を比較するのがランダム化比較試験です。医療で行われる実験とよく似たアイデアであることから、ランダム化比較試験は「社会実験」と位置付けられています。

この手法には様々なメリットがあります。一つ目は、効果のある政策の純粋な効果をはっきりと特定できること。二つ目は、実験にかかったコストから、費用対効果が明らかになることです。例えば学力を上昇させるという政策に対して、奨学金がよいのか、図書館をつくるのがいいのか、先生の数を増やすのがいいのか。どれが最も安上がりな政策なのかを計算できるのです。三つ目には、「二つの政策の間の差がない」あるいは「政策の効果がなかった」という情報も重要な政策的示唆を持つことです。

日本で教育経済学研究をするということ

この手法には、同時にさまざまな問題もあります。最大の問題は実験の対象となる人の感情的な問題です。倫理的な問題も大きい。しかし、私個人は、このまま社会実験をすることに勇気をもたないまま時間が経過していったら、教育費に膨大な無駄遣いが発生し、何に効果があって、何に効果がなかったかというのがわからないままになってしまうということを大変懸念しています。アメリカでは、教育政策では、実験ベースのエビデンスが示される必要があるという考えが広く浸透しており、無数の社会実験が実施されています。アメリカでは現代の教育政策の法律的支柱といわれるNo Child Left Behind法(落ちこぼれ防止法)の中で、「教育に科学的根拠のある研究」をという言葉が100回以上も繰り返し用いられています。開発途上国でも同様です。MITの貧困アクションラボ(J-PAL)は常時100以上のランダム化比較試験を実施し、もっとも頻繁に行われているのは教育に関する実験です。わが国の教育政策論争には不幸な歴史があり、これまではイデオロギー論争が中心になってきました。国会で行われる教育論争ですら、イデオロギーに集中し過ぎる傾向があり、その陰で教員の指導力の低下や教育を通じた格差の継承といった重要な問題が議論されずにおざなりになっています。わが国においても、教育政策におけるPDCA(Plan-Do-Check-Action)の重要性が以前にもまして強調される中では、政府や国民に社会実験を認める寛容さが必要になってきているのではないかと思います。だから、社会実験の浸透につながる教育経済学研究をやりたいと考えています。